【新刊ミステリ】逸木裕『彼女が探偵でなければ』(KADOKAWA)

「探偵は、あちこちを巡って、色々な手がかりを集め、必死に考えてなんとか答えを出す。でも<答えを簡単に出す人>は違う。自分の信じる応えが先にあって、現実のほうを分解して都合よくそれに当てはめていく。本当の答えが出るはずの地点よりもずっと手前で、答えにたどり着いてしまう。そういう人を相手にするのが大変なのは、判るよ」
 みどりさんはなかなか答えを出さない探偵だ。その問題について考え続け、証拠を集め続け、解かれるべき一点を見極めるまで辛抱強く待つ。

「太陽は引き裂かれて──2024年 春」P234

作者紹介

 1980年生。
 学習院大学法学部卒。
 2016年『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。
 2022年「スケーターズ・ワルツ」で第75回日本推理作家協会賞(短編部門)。
 ほか、『少女は夜を綴らない』(2017年)、『星空の十六進数』(2018年)、『空想クラブ』(2020年)、『五つの季節に探偵は』(2022年)『四重奏』(2024年)など。

あらすじ

 探偵事務所サカキ・エージェンシーで探偵として働くことを決意した森田みどり。探偵業界に身を置いて、はや数年が経ち、彼女は中間管理職の課長として席を置いていた。育児の傍ら、そして後輩の教育との間で自身の「探偵」としての性分と向き合う5つの事件をめぐり「他人を暴くこと」を生業にしてきた彼女は論理的な手掛かりからどんな犯人像を浮かび上がらせ、人間を突き止めるのか。

 本作は前作『五つの季節に探偵は』から数年後の現代の日本が舞台となっている。
 2022年春~2024年夏までの現代日本を時間軸に据えて展開されるのは、シリーズ探偵森田みどりが探偵として事件に取り掛かる姿であるが、決して浮世離れした「探偵」としての姿ではない。
 本作で彼女は探偵としてだけが描かれるわけではない。探偵業界の潮流の中に身を置いて上司と後輩の人間関係を管理する立場と子育ての最中で自身の探偵像と育児に取り組む人間の姿は、殺人事件や憎悪の吐き出された復讐に取り掛かる非日常とは対照的でいながら日常の中での小さな理不尽やアクシデントな日々の連続性を写し出している。探偵であり、一人の人間として世界を生きる人物を活写するのであればそれだけでも良いのかもしれないが、本作では森田みどりの視点だけで描かれるわけではない。事務所の後輩からは探偵・みどりがどのような視点で写り、語られるのかを描いた短篇「太陽は引き裂かれて」では日本に居住するクルド人たちの姿/日本人という境界の中で生まれてしまう憎悪や排外主義の一面を軸にして外部から探偵の姿を捉えている。
 個人的にミステリの形式として結末となる真相の非情さをつきつける場面の幕切れの鋭さで言えば、「縞馬のコード」を挙げられるだろう。もちろんどの短編も読み応えがあるけれど、抽象的な概念の導入が差し挟まれることでみどりの「探偵」としての問いかけが向けられた「時の子」、そして現在でもSNS上ではその憎悪が流通してコミュニケーションの道具にされているのがグロテスクな「太陽は引き裂かれて」が秀作でした。
 読書メーターの感想にも少し書いたことだが僕自身は本格ミステリとしてはベストに上がる本作について、その評価だけで済まされるものなのだろうかと問いかける余韻を残した作品だった。